適正音量がわからない。

美容院で髪を梳いてもらって「軽くなったので触ってみてください」と言われた時に求められている「おおー!」の適正音量が、いまだにわからない。

美容院で最後に鏡を見せられたとき、私はだいたい「おおー!」と言う。

問題は、その「おおー!」の音量である。

小さすぎると気に入っていないように聞こえる気がするし、大きすぎると「人生で初めて髪を切りました」くらいの感動になってしまう。

そもそも、なぜ私は「おおー!」と言っているんだろう。

考えてみると、美容院の「どうですか?」はちょっと変な質問である。

「もう少し短くできますか?」は言える。

でも、

「もう少し長いほうがいいっすねぇ」

と言われても、美容師さんは困る。

髪の毛は、一旦切ったら元には戻せない。

もしかすると、あの「おおー!」の難しさには、この不可逆性が関係しているのかもしれない。

もちろん、不可逆だからといって全部が同じではない。

切り落とされたのが腕だったら、「おおー!」では済まない。「どうしてくれるんだ!」である。

一方、髪は切りすぎても、しばらくすれば伸びる。

今すぐには戻せない。でも、人生が終わるほどでもない。

美容院の鏡の前で起きているのは、どうやら「取り返しがつかない」と「まあ髪は伸びる」の間にある出来事らしい。

そう考えると、最後の「どうですか?」は髪型の評価だけを求めているわけではないのかもしれない。

もう少し短くする。
もう少し軽くする。
前髪を整える。

まだ変えられるところについては注文できる。

でも、もう戻せないところについては、どこかで「これでいきます」と受け入れて、美容院を出なければならない。

そのための言葉が、

「おおー!」

なのではないか。

評価というより、受諾。

人間は、自分ではもう巻き戻せない出来事に出会ったとき、それを何らかの形で受け止めて、次に進まなければならない。

……などと美容院の鏡の前で考えていたら、たぶん美容師さんのほうが困る。

次からは普通に「いい感じです」と言おうと思う。

まあ、髪は伸びる。

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