最近、SNSを中心に話題になっているアイドルの例の「不仲説」。
発端になったのは、ほんの数秒の動画だったらしい。
あるメンバーが、別のメンバーへのリアクションを飛ばしたように見えた。そこから「最近この二人、あまり絡んでいないのではないか」「以前とは距離感が違うのではないか」といった過去の観測まで掘り返され、「不仲なのでは」という話が広がっていった。
なるほどなあ、と思う。
アイドルという仕事は、歌やダンスだけでなく、メンバー同士の関係性までコンテンツになる。
以前なら笑い合っていた。
以前なら隣にいた。
以前ならSNSで名前を出していた。
そういう「以前はあったもの」が見えなくなっただけでも、ファンは意味を読み取ろうとする。
ただ、そこで少し思った。
人間関係って、そんな簡単に「仲良し」と「不仲」の二択にできるものなんだろうか。
考えてみれば、音楽史(アイドル史とも言える)にはもっと有名な「不仲説」がある。
そう、ジョン・レノンとポール・マッカートニーである。
確かに、この二人はめちゃくちゃ揉めている
先に言っておくと、ジョンとポールに対立がなかった、と言いたいわけではない。
むしろビートルズ解散前後の二人は、かなり露骨に揉めている。
ブライアン・エプスタイン亡きあと、ポールがバンドを主導するようになったことについて、ジョンは後年かなり辛辣に語っている。
ビートルズ解散後には、ポールの『Ram』収録曲「Too Many People」がジョンとヨーコへの当てこすりではないかと受け取られ、それに対してジョンは「How Do You Sleep?」を発表した。
これがまた、全然かわいくない。
かつて一緒に曲を書いていた相手に向かって、かなり直接的な言葉をぶつけている。
また、1969年のルーフトップ・コンサートを含む「ゲット・バック・セッション」期の映像では、ポールが “Get back to where you once belonged” と歌いながらヨーコのほうを見ていた、という噂もある。ここでもヨーコへの当てこすりではないか、と実しやかに囁かれている。
本当のところは知らない。
50年以上前のビートルズでも、数秒の視線に人間関係の意味を読み込むことは行われていた。
数秒の視線から人間関係を読み解こうとするのは、どうやらSNS時代に始まった文化でもないらしい。
ここだけを切り取れば、
「そりゃ不仲でしょ」
と言いたくなる気持ちもよくわかる。
ところが、ジョン本人によるポールの楽曲評をいくつか読んでいくと、だんだん話がおかしくなってくる。
この人、ポールの曲めちゃくちゃ褒めてないか?
1970年代から彼が亡くなる1980年にかけて、ジョンはビートルズ時代の曲について何度も語っている。
たとえば「Yesterday」。
ジョンは、この曲をちゃんと「いい曲だった」と評価している。
「Here, There and Everywhere」についても高く評価している。
「For No One」も好きだったという。
「Hey Jude」に至っては、ポールの最高傑作という趣旨の評価までしている。
ここで困る。
どれも、いわゆる「ハードなジョン、甘いポール」という雑な対比をしたときには、かなりポール側に置かれそうな曲である。
つまり、
「ジョンはポールの甘い曲が嫌いだった」
では全然ない。
むしろ、普通によく聴いているし、普通によく褒めている。
さらにおもしろいのが「Why Don’t We Do It in the Road?」である。
ほとんど同じフレーズを繰り返す、ブルース色の強い荒っぽい曲だが、ジョンはこれをポールのベストのひとつとして挙げている。
そして「Oh! Darling」。
これもジョンは高く評価した。
ただし、その直後に、
「俺が歌ったほうがうまく歌えたと思う」
という趣旨のことまで言っている。
褒めるなら褒めるで終われない。
なんなんだ、この男は。
ジョン・レノン、ツンデレ説。
ここで私は、ひとつの仮説に行き着いた。
ジョン・レノン、ツンデレ説。
もちろん本気で心理診断をしたいわけではない。
ただ、ポールへの発言を眺めていると、そう言いたくなる瞬間が結構ある。
曲は褒める。
才能も認める。
でも余計な一言を足す。
腹が立てば公に悪口も言う。
それでも相手の新曲は気になる。
ポール本人も後年、ジョンは普段あまり褒める人ではなかった、と振り返っている。
だからこそ、二人きりのときにジョンがポールの曲を評価するようなことを言うと、強く印象に残ったらしい。
さらにポールは、
ジョンは、自分がLittle Richardのように歌うと喜んだ、
とも回想している。
これがなんとも味わい深い。
ジョンはポールのバラードも評価していた。
でも、ポールが叫び、荒っぽく歌い、ロックンローラーの顔を見せると、特にうれしかったらしい。
「ああ、そういうお前も知ってるよ」
みたいな感じだったんだろうか。
知らんけど。
「不仲」と「評価」は普通に両立する
ここで大事なのは、
「だからジョンとポールは本当は仲良しだった」
と話をひっくり返さないことである。
それをやったら、結局「不仲説」の裏返しにしかならない。
人間関係というのは、そんなにきれいではない。
腹が立っている。
でも才能は認めている。
嫉妬している。
でも作品は好き。
しばらく顔も見たくない。
でも相手の新曲は気になる。
競争相手でもあり、旧友でもあり、仕事仲間でもある。
そういう感情は、全部同時に存在していてもおかしくない。
むしろ、長く深く関わった相手ほど、そうなる気もする。
ジョンとポールの場合、十代から一緒に曲を書き始め、世界的な成功を経験し、その後バンドの解散まで一緒に通過した。
そんな相手との関係を、
「仲良し」
か、
「不仲」
のどちらかに分類しようとすること自体、ちょっと乱暴なのかもしれない。
資料を読めば読むほど、よくわからなくなる
おもしろいのは、資料を集めれば集めるほど「真実」が単純になるどころか、むしろ複雑になることだ。
解散直後のジョンを読めば、
「めちゃくちゃ怒ってるな」
と思う。
ポールの曲評を読めば、
「めちゃくちゃ評価してるな」
と思う。
ポール側の回想を読めば、
「なんだこの面倒くさい関係は」
となる。
では、どれが本当のジョン・レノンなのか。
たぶん、全部なんだろう。
人間は、その時々で違う感情を持つ。
昨日は腹が立っていても、今日は懐かしいかもしれない。
仕事では衝突していても、作品は好きかもしれない。
距離を置きながらも、相手が成功すれば少しうれしいかもしれない。
資料というものは、ときどき「真相」をひとつに絞るためではなく、人間がどれだけ矛盾した生き物なのかを残してくれる。
ふたりのことは、ふたりにしかわからない
そう考えると、現在のアイドルの「不仲説」も少し違って見えてくる。
数秒の動画。
視線。
立ち位置。
SNSで名前を出したか出さなかったか。
そういう断片から、何かを想像すること自体は楽しい。
私も人のことは言えない。
ジョン・レノンについて、ここまで書いておいて「ツンデレでは?」とか言っている。
ただ、考察することと、断定することは違う。
もしかしたら、本当に仲が悪い時期なのかもしれない。
何もないのかもしれない。
数年後に彼女たち自身が、
「あのときは普通に仲悪かったですよ」
と笑って話すこともあるかもしれない。
それでも、今の外野にはわからない。
ジョンがポールを本当のところどう思っていたのかも、たぶん同じだ。
好きだったのか。
嫌いだったのか。
尊敬していたのか。
腹を立てていたのか。
たぶん、ひとつではなかった。
ジョン・レノンが本当にツンデレだったのかどうかも、私にはわからない。
ただひとつ、
ポールがLittle Richardみたいに歌うと、ジョンは喜んだらしい。
それくらいでいいじゃない。
ふたりのことは、ふたりにしかわからない。
周りがあんまり、とやかく言うもんじゃないよ。
参考
🍏John Lennon, “Rolling Stone Interview with Jann Wenner, 1970”
【→記事ページへ】
🍏John Lennon, Hit Parader interview, 1972
【→記事ページへ】
🍏David Sheff, “Playboy Interview: John Lennon and Yoko Ono,” 1980
【→記事ページへ】
🍏Paul McCartney, Playboy interview, 1984
【→記事ページへ】
🍏The Paul McCartney Project, “John Lennon’s ‘Imagine’ album released, with references to ‘Ram’”
【→記事ページへ】
🍏Rolling Stone, “Flashback: John Lennon Recruits George Harrison for Paul McCartney Dig ‘How Do You Sleep?’”
【→記事ページへ】
🍎FRUITS ZIPPERに「不仲説」…わずか数秒の動画でファン騒然 なぜここまで騒動が広がったのか(デイリー新潮) – Yahoo!ニュース
【→記事ページへ】

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