2026年10月14日、FRUITS ZIPPERの月足天音がXにこんな投稿をした。
耳の中をパキパキできる。
何を言っているのか分からない人もいるだろう。しかし、筆者には心当たりがあった。
実は、筆者もできるのである。
そして、この投稿をきっかけに、一つの仮説が生まれた。
歌唱の技術を身に着けている人は耳がぱきぱきできる人が多いのではないだろうか。
どういうことか。
今回は、月足天音の謎の能力を出発点に、耳の仕組みと歌唱技術の関係を考察してみたい。
1. 「できる」「分からない」「どうやるの?」
まず興味深いのは、月足天音の投稿に対するファンの反応である。
リプライを眺めていると、大きく三つの反応に分かれていた。
- 自分もできる。
- 何を言っているのか分からない。
- どうやるのか分からない。
- 鼻をつまんだり、つばを飲み込んだり等すればできる。
「自分もできる」という人の中には、それが特別な能力だと思っていなかった人もいる。一方、「ぱきぱきってなに?」と、そもそも現象を想像できない人もいる。
筆者も月足天音の投稿を見るまでは、自分が日常的に行っている耳の操作について、他人と比べようなどと考えたことがなかった。
当たり前にできることは、できない人がいると知るまで、わざわざ説明する機会がないのだ。
なお、月足天音の投稿にはもう一つ気になる点がある。
「あまねきも」という表現だ。
誰かが同じ能力について話していて、それを受けて「自分もできる」と言ったのだろうか。
Xで「耳の中ぱきぱき」と検索してみたものの、ラジオなどへの反応を含め、それらしい参照元は確認できなかった。
何の話から始まったのか、早くも謎である。(こちらのポストだろうか?)
2. 筆者も耳をぱきぱきできる
では、筆者ができるというのは、具体的にどういうことなのか。
まず、鼻をつまむ必要はない。
耳の奥に意識を集中して、喉の奥の筋肉を動かすような感覚で力を入れると、両耳の内部から「ゴリッ」「パキッ」という音がする。
子どもの頃から自然にできていたことで、特に練習した記憶はない。
ところで、この現象には医学的な説明がつくのだろうか。
3. 耳と喉はつながっている
耳の内部には「耳管(じかん)」という細い管がある。
耳管は、中耳と鼻の奥にある上咽頭をつないでおり、中耳の気圧を調整する役割を担っている。
飛行機の離着陸時や山道を移動するときに、耳が詰まったような感覚になり、つばを飲み込むと「パキッ」と抜けることがある。
あれは、耳管が開いて中耳の圧力が調整されることで起こる現象だ。
通常、耳管は閉じているが、飲み込む動作やあくびなどで一時的に開く。その際に重要な役割を果たすのが、軟口蓋の周辺にある「口蓋帆張筋(こうがいはんちょうきん)」という筋肉である。
では、飲み込んだり、あくびをしたりしなくても、自分の意思で耳管を開ける人はいるのだろうか。
実際にいるらしい。
2024年、日本耳科学会誌『Otology Japan』に「耳管を自在に開閉できる症例の耳管機能の検討」という論文が掲載された。
この研究では、嚥下やあくび、鼻をつまんで息を送り込む動作などによらず、自分の意思で耳管を開閉できる症例が報告されている。
しかも、その開閉速度を調節することもできたという。
研究では、耳管を開閉する際の軟口蓋の動きも観察されている。
つまり、「耳管を自分の意思で開け閉めする」という能力そのものは、医学的にも報告されているわけだ。
筆者の耳で起こっている現象も、これに近いのかもしれない。
特に、鼻呼吸の音が耳の内部に大きく響くという点は、耳管が開いている可能性を考える手がかりになる。
ただし、もちろん同じ症例だと断定することはできない。
また、月足天音の「ぱきぱき」が筆者と同じ仕組みなのかについても、現時点では不明である。
4. 筆者には、歌手になりたかったという黒歴史がある
さて、ここで筆者のあまり触れたくない過去を一つ告白しよう。
筆者は昔、歌手になりたいと思っていたことがある。
幸いなことに、その夢は実現しなかった。
もっとも、歌うこと自体は子どもの頃から得意だった。高校生になる頃には歌唱技術にも興味を持ち、舌の付け根の位置や、喉の奥の空間、鼻腔への響きなどについて学んでいた。
そこで、今回の耳の話を調べながら、ふと思った。
耳をパキパキさせるときに意識する場所と、歌唱の際に意識する場所は、なんとなく近いのではないか。
もちろん、同じ筋肉を使っているという証拠はない。
しかし、耳管の開閉に関わる筋肉が軟口蓋の周辺にあることを考えると、歌唱技術との間に何らかの接点があっても不思議ではない。
もしかして、歌がうまい人は耳抜きもうまいのだろうか。
なお、筆者が耳をパキパキさせられるようになったのは、歌唱技術を学ぶよりもずっと前のことである。
したがって、歌の練習によって身につけた能力というわけではなさそうだ。
歌手にはなれなかったが、耳は抜ける。
果たして、これは何かの才能なのだろうか。
ここで、意外な先行研究に出会った。
5. オペラ歌手は耳抜きを使っている?
2026年7月、学術誌『Journal of Voice』に、興味深い研究が発表された。
タイトルは「The Frenzel Ear Pressure Equalization Maneuver in Operatic Singers: A Qualitative Pilot Study」。
日本語にすれば、「オペラ歌手におけるフレンツェル法による耳圧調整:質的予備研究」といったところだろうか。
研究者たちは、国際的に活動するプロのオペラ歌手6人にインタビューを行い、彼らが実践している耳の気圧調整について調べた。
すると、6人はいずれも、医学的な名称を知らないまま、独自に耳圧を調整する技術を身につけていたという。
興味深いのは、その技術を歌唱中にも利用していたことだ。
歌手たちは、耳圧を調整することで自分の声の響きを聞き取りやすくなったり、歌唱への自信が高まったりすると感じていた。
研究者たちは、歌手たちの説明した技術が、バルサルバ法よりもフレンツェル法に相当すると判断している。
ただし、ここは注意が必要である。
この研究は、歌がうまい人ほど耳管を自在に開閉できることを証明したものではない。
対象は6人であり、歌唱能力と耳管操作能力の相関を統計的に比較したわけでもない。
さらに、ここで扱われているフレンツェル法と、先ほど紹介した随意的な耳管開閉は、同じ操作とは限らない。
むしろ、この研究から分かるのは、耳圧を調整する技術を歌唱に役立てているオペラ歌手が存在する、ということである。
それだけでも、筆者にとっては十分に意外な発見だった。
耳の中をパキパキさせるという、一見すると何の役にも立たなそうな行為が、オペラ歌手の発声研究とつながってしまったのである。
6. 歌がうまい人は耳抜きもうまいのか
さて、最初の疑問に戻ろう。
歌がうまい人は、耳の中をパキパキさせるのもうまいのだろうか。
今回の調査で、耳管を随意的に開閉できる人が実際に報告されていること、そしてプロのオペラ歌手の中には耳圧調整を歌唱に利用している人がいることが分かった。
しかし、歌唱能力と耳管の随意的な操作能力に相関があることを示す根拠は、今回確認した範囲では得られなかった。
身体の構造上、両者には関連する部分がある。
だが、構造が近いことと、能力に相関があることは別の話である。
それでも、歌唱技術と耳管操作の関係について、もっと調べてみる価値はありそうだ。
そして、そもそものきっかけとなった月足天音については、どうだろうか。
月足天音もまた、優れた歌唱力を持つアイドルである。
筆者と同じような身体操作によって耳をパキパキさせているのだとしたら、興味深い共通点ではある。
ただし、月足天音がどのような仕組みで耳を鳴らしているのかは分からない。
彼女が歌唱技術と耳の操作を結びつけて考えているのかどうかも分からない。
そもそも、なぜ突然「あまねきも」と言い出したのかも分からない。
結局、調査によって分かったのは、耳管を自在に開閉できる人が存在することと、耳圧調整を歌唱に利用しているオペラ歌手がいることだった。
月足天音について分かったことは、耳の中をパキパキできるらしいということだけである。
今後の研究が待たれる。
【傍証】ひとり合唱部・須和しわす氏もできるらしい。
2026年10月13日、ひとり合唱部の須和しわす氏も、Xで「耳の奥パリパリ鳴らすの俺もできるぞ 昔からやってる」と投稿している。
「辛いときは僕の姿思い出して〜♪」や「身長引く体重イコール〜♪」でお馴染みの、とてもええ声で歌う方である。
つまり歌唱を得意とする人物による、耳の奥を鳴らせるという自己申告である。
もっとも、月足天音や筆者と同じ身体操作を指しているかは不明であり、歌唱能力との関連を示す証拠にはならない。
ただし、筆者としては少しうれしい。
参考文献
- 荒井真木・水田邦博・遠藤志織(2024)「耳管を自在に開閉できる症例の耳管機能の検討」『Otology Japan』34巻1号、24–29頁。
https://doi.org/10.11289/otoljpn.34.24 - DeNolfo, I. J., Meyer, D., LiVigni, G., & Sataloff, R. T. (2026). The Frenzel Ear Pressure Equalization Maneuver in Operatic Singers: A Qualitative Pilot Study. Journal of Voice.
https://doi.org/10.1016/j.jvoice.2026.07.032
※筆者自身の耳管開閉については医療機関で検査を受けたものではなく、本文中の説明は自己観察に基づく仮説である。

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