「推しは推せる時に推せ」という言葉がある。
アイドルはいつ卒業するかわからない。バンドはいつ解散するかわからない。だから会えるうちに会っておけ、買えるうちに買っておけ、というオタク界隈ではおなじみの格言である。
だが、推せなくなるのは推しの側だけではない。
自分が歳を取る。遠征が難しくなる。長時間立っていられなくなる。病気や事故で身体が思うように動かなくなる。ゲームのコントローラーを以前のように操作できなくなる。
そんなとき、オタクはオタクを辞めなければならないのだろうか。
2026年10月1日、元フィロソフィーのダンスの奥津マリリさんが、株式会社SAKURAYA ENCの設立を発表した。
個人事務所としての役割とともに、掲げられた夢の一つが、
「いつかオタクの皆様の為の介護施設を作りたい」
というものだった。
さらに奥津さんは現在、介護施設で介護スタッフとして働きながら資格取得のために学んでおり、すでにレクリエーション介護士2級、認知症介助士検定も取得しているという。
面白い。
……と感じたところで、DTF!はいったんここまでにしよう。
本当にそんな介護はできるのだろうか。少し考えてみたい。
1.そもそも「オタクのための介護」とは何だろう
「オタクのための介護施設」と聞くと、壁にアニメのポスターが貼られ、ゲーミングPCが並び、毎週アイドルが慰問に来る老人ホームでも想像するかもしれない。
もちろん、そういう施設があったらそれはそれで楽しそうだ。
ただ、もう少し根本的な話なのではないかと思う。
高齢になったり障害を負ったりしても、それまで好きだったものを好きでいられる生活をどう維持するか。
これが「オタクのための介護」の本体なのではないだろうか。
介護施設へ入ったからといって、昨日まで好きだったゲームが急に将棋へ変わるわけではない。
要介護認定を受けた瞬間に、好きだったアイドルへの興味が消えるわけでもない。
考えてみれば当たり前の話である。
キャンディーズがデビューした1973年に高校生だった人は、今では70歳前後。1983年に発売されたファミリーコンピュータを20代で楽しんだ人も、すでに60〜70代に入っている。
「高齢者」という独立した文化圏があるのではない。
私たちは、自分が親しんできた文化を抱えたまま高齢者になる。
総務省の2021年「社会生活基本調査」を見ると、趣味・娯楽の調査項目にはすでに「スマートフォン・家庭用ゲーム機などによるゲーム」「マンガを読む」「CD・スマートフォンなどによる音楽鑑賞」「コンサートなどによるポピュラー音楽・歌謡曲鑑賞」などが普通に並んでいる。65歳以上でもゲームをした人は10.7%、音楽鑑賞は21.0%。マンガも65歳以上で5.5%いる。少数派ではあっても、すでに存在している人たちだ。
参考:総務省統計局 ホームページ
「令和3年社会生活基本調査の概要」
e-Stat
「男女、介護を受けているか否か及びその状況、年齢、趣味・娯楽の種類別行動者率」
「日常生活への支障の程度×年齢×趣味・娯楽」表96-5
一株式会社、一介護事業者という規模で考えるなら、対象が国民の半分である必要などない。
1%でも、その1%にとって「ここなら分かってもらえる」という場所になれば、十分意味がある。
むしろオタク趣味を周囲に理解されにくかった世代だからこそ、同じような人が数人集まるだけでも価値があるのかもしれない。
「いい歳してそんなものを」と言われない。
ゲームの話をしてもいい。アイドルの話をしてもいい。アニメを見てもいい。
まず必要なのは豪華な設備より、好きなものを好きと言っていい場所なのではないか。
2.調べてみると、「部品」はもうかなり揃っている
たとえばゲーム。
病気や障害によって、それまで使っていたコントローラーを操作できなくなったらどうするか。
普通なら「ゲームができなくなった」で終わりそうなところだが、リハビリテーションの世界では、すでにその先を考えている人たちがいる。
第28回福岡県作業療法学会では、「ゲームを目標とした脳卒中事例に対するトップダウンアプローチを用いた実践」という症例報告が発表されている。
脳梗塞による右片麻痺を呈した30代男性。ゲームは休日に13時間以上プレイするほど「生活の一部」だった。そのため作業療法では、ゲームを何か別の訓練に利用したのではなく、退院後もゲームができるようになること自体を目標にした。
ボタン操作を分析し、難易度を段階的に設定し、最終的には目標としていたゲームをプレイできるようになったという。
参考:「ゲームを目標とした脳卒中事例に対するトップダウンアプローチを用いた実践」 ― 浦瑞紀・田代徹
第28回福岡県作業療法学会・学会誌 78頁
この話はかなり重要だと思う。
「ゲームを使ってリハビリをする」のではない。
リハビリを使って、ゲームのある生活へ戻る。
順番が逆なのだ。
日本作業療法士協会も、手の力が弱い人が視線入力などを使ってゲームに参加する事例を紹介している。ゲームへの参加をきっかけに社会やコミュニティとの関係を作ることまで、作業療法の対象として考えられている。
参考:日本作業療法士協会
「eスポーツで、障害者に新しい「参加」のきっかけを」
独立行政法人 国立病院機構 八雲病院
また、作業療法士の竹林崇氏がXで紹介している、片手でも扱えるニンテンドーSwitch・ジョイコンのアタッチメントも興味深い。
アイドルの世界でも、すでに似たことは起きている。
仮面女子の猪狩ともかさんは2018年の事故による脊髄損傷で車椅子生活となった後もステージへ復帰した。本人は、車椅子の人が「当たり前のように、みんなの輪の中にいる」状態を理想として語っている。現在のイベント告知でも、車椅子で入場可能な会場が明示されている。
参考:猪狩ともかオフィシャルブログ
「辞めるの止めます。」2021-10-25投稿
仮面女子公式ウェブサイト スケジュール
「【仮面女子ワンマン『Awakening』-仮面女子 革命前夜-】」2026.6.26
これを「オタク介護」と呼ぶ人はいない。
しかし、
身体条件が変わってもゲームを続ける。
身体条件が変わってもライブへ行く。
という意味では、すでに必要な技術や考え方は存在している。
つまり「オタクのための介護施設」をゼロから発明する必要はない。
あちこちに散らばっている部品を拾い集めればいい。
3.しかも「オタク×介護」は、すでに福祉の世界で考えられていた
さらに調べてみると、驚くほど直接的な先行例が見つかった。
2018年度の厚生労働省補助事業「介護・福祉のこれからプロジェクト」で生まれた67の企画の一つに、その名もずばり、
「オタク×介護」
というものがある。
参考:介護・福祉のこれからプロジェクト
「これからプロジェクトとは?」
「介護・福祉のこれからをつくる67のデザイン 44 オタク×介護」
そこでは、今後「オタクな高齢者」が増えることを想定し、その人の趣向に合った空間やケアを考える必要がある、としている。
さらに面白いのが、
地域の施設の中だけでオタクを探せば2〜3人しかいないかもしれない。ならば地域の枠にとらわれず、テーマ型で集まるという選択肢があってもいい。
という発想まで出ていることだ。
これ、まさに先ほどの「1%でもいい」という話ではないか。
少数だから成立しないのではない。
少数だからこそ、集まれる場所に価値が生まれる。
同じ2019年には、LIFULL介護でもライターの藤谷千明さんらによる「バンギャル老人ホーム」を考える連載が始まっている。
第1回のタイトルからして「オタクのための老人ホームって作れますか?」である。
参考:LIFULL介護 ヘドバンしながら老後を考える
「『オタクのための老人ホームって作れますか?』バンギャルが、推しの力で楽しく過ごせる老後を追う!」2019/04/25公開
「バンギャル、ギャ男がマジで自分の老後の心配をしてみたーー趣味に生きる人たちの座談会」2019/12/23公開
当時の取材では、趣味でつながる高齢者施設は「ほぼ聞いたことがない」とされていた。一方で、連載は医療・介護職として働くバンギャルやギャ男にも話を聞き、「推しのいる老後」「趣味を続ける介護」をかなり具体的に考えていく。後に『バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた』として書籍化までされた。
つまり、「オタクと介護を結びつけよう」という発想そのものは新しくない。
福祉の世界では、とっくに種が蒔かれていたのである。
4.では、実際の介護サービスはどこまで来ているのか
構想だけならある。
技術もある。
では、事業としてはどうなのだろう。
ここでも、隣接するサービスはすでにいくつも存在していた。
「デイサービス ラスベガス」は、従来型のデイサービスに馴染めない利用者もいることを出発点に、「仕方なく行く場所」ではなく「どうしても行きたい場所」を掲げる通所介護だ。現在は関東・中部・九州で22店舗を展開している。
参考:デイサービス ラスベガス
さらに、この記事を書いているまさに2026年10月。
介護・福祉施設向けの「ぷよぷよトレーナー」が10月1日に正式サービスを開始した。
介護現場のレクリエーションとして『ぷよぷよ』を使い、ゲームに慣れていない高齢者や障害のある人でも利用しやすいよう操作や表示を調整した、施設向けのサービスである。
参考:エレコム ニュースリリース 2026.10.02公開
「エレコム、介護・福祉施設向け『脳トレ×eスポーツ』サービス 『ぷよぷよトレーナー』を10月1日より正式提供開始」
障害福祉へ目を向けると、さらに一歩先へ進んでいる。
札幌の「eGH」は、自らを「ゲーム好きという同じ趣味趣向の仲間が集まるコンセプト型の障がい者向けグループホーム」と位置づけている。
共用部にはゲーム環境があり、ゲームだけでなく映画やアニメの鑑賞、動画編集やライブ配信まで想定されている。
「好きなもの」を入口に仲間を作り、社会参加へつなげるという思想だ。
参考:障害者グループホーム|ゲーミンググループホーム eGH
こうして並べると、
福祉としての構想はある。
障害があっても趣味を続ける技術もある。
ゲームを使ったデイサービスもある。
趣味で人を集める福祉住居もある。
にもかかわらず、今回調べた範囲では、
「高齢になったオタクが、それまでの文化的生活を続けること」そのものを包括的なコンセプトにした高齢者向け介護事業
は、まだそれほど目立たなかった。
誰も何もしていないのではない。
むしろ逆だ。
最後の一マスだけが、ぽっかり空いている。
5.そこで、奥津マリリさんなのである
ここまで調べたところで、最初の話へ戻りたい。
奥津マリリさんの何がそんなに興味深いのか。
元アイドルが介護施設を作ろうとしているから、だけではない。
奥津さんは長年、エンターテインメントを提供する側にいた。
ファンが何に喜ぶのかを知っている。
そして今度は、自ら介護施設の現場へ入り、介護を学んでいる。
この二つの世界を知る人が、
「オタクのための介護」
という名前を掲げた。
ここに意味があるように思う。
介護業界にはすでに技術がある。
福祉にはすでに思想がある。
エンターテインメント業界にもアクセシビリティーの蓄積がある。
そして利用者になる世代の側にも、すでにゲーム、マンガ、アニメ、アイドル、音楽を生活の一部としてきた人たちがいる。
もしかすると足りなかったのは、新しい技術ではない。
「あなたたちのための介護もあります」と、それを必要とする人に届く言葉で示すことだったのではないか。
一人の有名人がすべてを解決するわけではない。
それでも、これまで別々に存在していた需要や実践を、一つの文化として可視化できる人が現れる意味は大きい。
そしてこれは、人材の入口まで少し変えるかもしれない。
「介護施設でボランティアをしませんか」と言われると尻込みする人でも、
「施設のお年寄りと一緒にゲームしませんか?」
なら、「それなら自分にもできるかも」と思うかもしれない。
元バンドマンなら音楽がある。元ゲーマーならゲームがある。アイドル活動をしてきた人なら、人前で話すことや場を盛り上げることができる。
もちろん、それだけで介護の専門性を代替できるわけではない。
しかし介護という仕事は、意外なほどそれまで生きてきた人生全部を持ち込める仕事でもある。
奥津さん自身が、その一例になる可能性もあるのだろう。
推しは、推せる時まで推せ
「推しは推せる時に推せ」。
その言葉はたぶん正しい。
でも、介護や福祉の側から見れば、もう一つ言えることがあるのではないか。
推しが活動している。
自分もまだ推したい。
なのに身体や環境の変化によって、推せなくなる。
そのとき介護にできることは、「もう無理ですね」と趣味を諦めてもらうことではなく、「どうしたら続けられるだろう」と一緒に考えることなのかもしれない。
ゲームができなくなったなら、コントローラーを考える。
ライブへ行けなくなったなら、行く方法を考える。
好きなものについて話せる人がいないなら、仲間と出会える場所を考える。
そうやって「推せる時」を少しずつ延ばしていく。
調べてみると、「オタクのための介護」は決して突拍子もない未来予想ではなかった。
必要になりそうな部品は、もうあちこちに存在している。
そしてオタク文化の側も、すでに介護という問題に足を踏み入れ始めている。
だから私は、こう言ってみたい。
推しは、推せる時まで推せ。
その「時」を人生のなるべく最後まで延ばすことも、これからの介護の仕事なのだから。

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