ILLITのウォンヒが、指原莉乃さんのYouTubeチャンネル「さしはらちゃんねる」に出演していた。
さほどILLITについて詳しくない私は、ウォンヒがここまで自然に日本語を話すことにまず驚かされた。
動画では、二人でKIDDY LANDを歩きながら買い物をしている。
ウォンヒはかなり日本語を話す。
簡単な受け答えだけではない。
指原さんに商品を勧めながら、
「似合う似合う似合う!」
と押したりする。
「あざっす!」
も言う。
会話の大部分が日本語のまま進んでいて、少なくともこの動画を見る限り、日本人とコミュニケーションを取ることにはほとんど困っていないように見える。
だからこそ面白い。
かなり話せるのに、ところどころ分からない。
たとえば「流行(はや)ってる」という言葉が分からなかった。
しかし「流行(りゅうこう)」なら分かる。
「あざっす!」は知っているのに、「流行ってる」は知らない。
外国語というのは、教科書の目次どおりには身につかないらしい。
動画の途中では、指原さんから新しい日本語もいくつか教わっている。
「欠品してますか」
「気遣いの子」
そして、なぜか
「鬼瓦」
もちろん、一度聞いただけですべて完璧に覚えられるわけではない。
少し間違える。
でも、ウォンヒはその言葉をそのまま忘れない。
しばらくしてから、また使おうとする。
間違えて、直してもらって、また使う。
頭のどこかに、その日覚えた「NEW WORDS」のリストでも作っているように見える。
その様子が、私にはとても可愛らしかった。
これは、日本語が下手だから可愛い、という話ではない。
むしろ逆だ。
ウォンヒの日本語は、すでに人と関係を作れるところまで来ている。
冗談も言える。
相手に何かを勧めることもできる。
知らない言葉が出てきても、会話そのものは止まらない。
その一方で、まだ習得途中の跡が残っている。
知っている言葉と知らない言葉の並び方が少し不思議だったり、新しく覚えた言葉を何度も取り出そうとしたりする。
そのムラが、日本語ネイティブの私には健気に見える。
外国語が「話せる」とは、何ができることなのだろう。
すべての単語を知っていることではない。
文法を一度も間違えないことでもない。
知らない言葉があっても、その言葉を覚えようとしながら、相手と話し続けられること。
少なくともウォンヒを見ていると、そんな気がしてくる。
たぶん今のウォンヒは、日本語を覚え終わった人ではない。
日本語を覚えながら、日本語で遊んでいる。
その途中にいる感じが、とてもいい。
そのうち「流行ってる」も普通に言うようになるのだろう。
「欠品してますか」だって、何の苦もなく出てくるようになるかもしれない。
「鬼瓦」は別に忘れてもいいと思う。
でも、今のところは。
「あざっす!」は言えるのに「流行ってる」が分からない、そのくらいの日本語が、私はけっこう好きである。
参考
【なんで?】WONHEEちゃんが来てくれました
さしはらちゃんねる — 2026年9月4日

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